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Pranayama(プラナヤマ)


古の日本人は、身体と心の深い関係性についてよく理解していたようです。
日本語には、身体の部分を使った心を表す表現がたくさん存在するからです。息が詰まる、息をのむ、腹が据わるとか、腰が引ける、肩をおとす、、、などそのようなココロの状態が、身体に現れているということをまさに言葉としていたのです。緊張したときに大きく深呼吸して・・・というのは、日常でもよくあることですが、呼吸を整えてココロを落ち着けるという方法も古くから使われる人々の知恵なのです。

さてさて、今回は前回に引き続いてプラナヤマ(Pranayama)についてもう少しお話していこうと思います。
具体的な自分自身での簡単な練習方法を少しお話します。
①姿勢
ヨガのまったくの初心者のかたや、始めて間もない方には、内側をよく観察する、自分を見つめるという意味も含めて横になって寝た状態(シャバアサナ)で完全にリラックスした状態で練習することが多いです。
あるいは、ボルスターという抱き枕のようなものに背骨(背中にしいて)を乗せて、背骨の柔軟性を保った状態ですることもあります。
これは、プラナヤマでは、呼吸が背骨を通るようなイメージと感覚を味わうため、背骨をリラックスすることが必要なのと、初心者のかたでは、座法(パドマアサナ=両足をクロスして腿の上に載せる蓮華座ともいう)を行いながら一定以上の時間安定でき、集中できるための身体の準備が出来ていないため、姿勢よりも呼吸を内側で味わう感覚をまず知るために、そのような方法をとります。

ヨガをある程度経験している方は、Asanaで身体の準備が出来次第、座法(パドマアサナあるいは、そのバリエーションを含む)をおこなった状態で呼吸法を行います。本来は、寝てやるよりも背骨が自由さを保てるので、この方法でやるのが正しいです。もっともいいのは、パドマアサナですが、そこまでいけない場合は、そのバリエーションでハーフパドマアサナやヴィラアサナなども用います。
しっかりと安定して座り続けることが出来ない場合は、ステップアップのための練習として、自分にとって一番簡単な座法を行いながら、壁に背中を少しもたれて、背中をまっすぐに保つ練習をしながら呼吸法を行ってみましょう。
安定した状態は、背骨がまっすぐに立って、足はしっかりと腿の付け根の上に乗っていて(パドマアサナを組みます)、呼吸だけにフォーカスできる状態ですので、それなりの練習と時間がかかります。
簡単なポーズのようですが、Asanaで身体の柔軟性と強さを養うのは、Pranayamaのための座法をマスターするためである・・・といわれることもあるくらいですから、ローマは一日にしてならず!です。時間をかけて一歩一歩に進みましょう。

②呼吸法の様々なテクニック
前回呼吸にフォーカスし、呼吸に集中し続けるためのテクニックとして、ウジャイ(Ujjayi)をあげましたが、10個(8つとする場合もあり)のテクニックがあるといわれています。一応名前だけ挙げておくと、、、、
Suryabhedana(スルヤベーダナ),Ujjayi(ウジャイ),Nadi shodana(ナディーショーダナ),sitkari(シカーリー),shitali(シターリー),Bramhari(ブラフマーリー),lahari or Plavini,kapalabhati(カパラバーティー),Bhastri(バストリー),Murcha。
呼吸法のテクニックは、Asana以上にたしかな先生につき、その指導の下に徐々に行っていく必要があるものであり、文章などで読みながら学ぶものではないので一応知識としてそういうものがあるということだけ、ここでは触れておきます。このようなテクニックは、よりヨガを深めるためには必要なのですが、習得するまでに、今まで述べたようなステップを踏んで、身体の準備を整える必要があります。

③注意すべき点
ヨガの本質は呼吸です。呼吸の本質は、吐く息にあります。
ヨガの練習では、呼吸は鼻で吸って、鼻で吐きます。(流派によっては吐く息は口でするというところもあるようですが)口のような大きな入り口からいれるプラナは様々なレベルの粗雑なものから繊細なものまで清濁あわせ飲むかたちになるので、鼻というより繊細で小さな入り口から取り入れると言われています。
また、脳により近くより関係が近いのでのでよいという話もあります。鼻が詰まって、うまくはなで呼吸が出来ない人はまず鼻のクレンジングなど、少しでも鼻で息ができるようにしてみてください。できなければ最初は口でもいいです。
まずゆっくりと、そして静かに息を吐ききることが出来ない人は、Pranayamaの練習を始めるだけの身体の準備が出来ていないということなので、呼吸法の練習に入るのはまだやめておいたほうがいいでしょう。
古のテキストにも、「吸う息がラフなのは心配要らないが、吐く息が吸う息と同じようでなく、粗い場合には今、または将来の病気のサインである可能性がある」と警告しています。
ヨガの真の目的は、身体やココロや魂のレベルでの不浄の消滅であり、
Avidya=アヴィディヤ(いずれお話しますが、ものごとを正しく理解し、見るための障害となっている偏見や恐れや欲望のルーツである不正確な理解や知恵のこと)を減らしなくすことですが、これらをなくすには、身体のあらゆるレベルの管や液の通り道をきれいにすることが大事です。そこにつまりがある場合には、それを取り除かねばなりません。そうすることで、身体の中にPranaのEnergyが入ってくるスペースを作ってあげるのです。プラナヤマの話になると、よくどれだけ長く呼吸を止められるか、など止息について話されることが多いのですが、聖典には止息だけでなく、トータルな呼吸について述べられているのです。
ヨガスートラでは、「吐く息がもっとも大事であり、吸う息は次に大事であり、止息は最後である」と述べられています。
完全に深く吐ききること、これが出来たときに吸う息は意図しなくても自然に深く入ってくることが出来ます。吸い込もうとしなくても、スペースができることで、そこに反射的に入ってくるのです。
止息は、Pranayamaの練習の段階によってある程度レベルがいってくると自然と生まれてくるもので、無理に止めたり、時間を長く取ろうとすることは、最初の段階では意味がないばかりか危険が伴います。

④呼吸法の効果
人の身体は、口から取り入れている食べ物の成分で出来ていることは意識していても、吸っている空気もまた身体の構成部分の一部であることは意外と意識されていません。食べ物の農薬や添加物を気にすることも大事ですが、呼吸という自然に与えられた能力を最大限生かしているとはいえません。身体の中には、体内世界と外界をつなぐ体内の管や器官があります。肺を広げることで、身体の中のスペースを広げ、内臓器官をしっかりとひきあげ、骨を支える筋肉の柔軟性と強さを増すことで、体内に入ってくる酸素の量や血流もまし、リンパやその他の体液の循環もよくなります。食物の消化や吸収も、身体がクリアになればなるほどよくなります。身体が軽くなると、キモチもココロも軽くなります。
消化や代謝の力が上がることが、自然に身体のバランスや体重や、免疫力をあげることにつながります。身体がより繊細に、敏感になり食や生活習慣などにも気をつけるようになるのです。これらは続けることで実感するものですからできるだけ無理なく続けることが大事です。
これらは、もちろん物質的なレベルでのヨガの副産物であって、第一目的ではないのですが、老若男女、年齢性別を問わず、すべての人への恩恵であり、それだけでもヨガを実践することの意味があると思えるのです。

次回は、Pranaについてもう少しとAgniという身体の中の火の力についてお話しする予定です。

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