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内観する



Yogaの練習や鍛錬の成果によって得られるもののひとつに「内観する」という姿勢があります。

内観そのものが、まさにYogaなのですが、簡単に言うと成果ともいえます。

Yogaをはじめるにあたって、一番大事なのは、曇りのない澄んだ目で自分自身を見つめるという態度です。

しかし、身体や頭に曇り(偏見や思い込みや自分なりの思想など)が蓄積されていると、それによって心の目が曇り、物事を正しく見つめることは出来ません。自分自身についても同じで、人に言われた意見や子どもの頃から親に言われてきたことなどによって、自分自身に対する間違った評価がこびりついていると、そういったフィルターを通してしか自身ですら見ることができなくなります。

自分自身に関してすらそうなのですから、ましてや他人をや・・・・です。
人に対する他人の評価ほど当てにならないことはありません。

他人に対する評価を考える前に、自分自身を知らなければなりません。

そのために、Yogaを通して行われる訓練方法が、Asanaであり、瞑想であり、呼吸法なのです。

Asanaや呼吸法(Pranayama)を行うことで、身体の曇りを取り除き、物理的な、肉体的な不浄物や毒素を取り除くことでより高次元の魂やココロをいったレベルでの自分を浄化し、クリアにしていきます。

そこからさらに、具体的な内観法をして、瞑想(座禅)を行います。

ヨガの醍醐味は、Asanaなどの肉体的な鍛錬を行ったあとの瞑想にあります。

ヨガの八肢則のなかの最後の七肢(八肢目はサマディで到達点と考えられるので鍛錬の中では七肢が最後)には、ディヤーナ(瞑想)とあるのがその表れといえるでしょう。(詳しく知りたい方は、ヨガスートラで勉強してみてください)

瞑想の中で、はじめは内観(自分自身について振り返ってみるの意味)し、そこからクリア(浄化)が始まるのです。

Yoga的な生活態度は、物事を正しく曇りのない目で見極めることから始まります。

そのために、日々Asanaなどの自分なりの方法で鍛錬し、ココロと身体をクリアに保つことが出来ます。

正しい道を進んでいくと、自ずとそれなりの道しか選ばなくなります。

正しい道を選ぶことが自分にとっての義務になっているようならば、それはまだ修養が足らないということです。

誰が見ても正しいもの、誰が見ても美しいもの、真の価値があるものとは、究極そういったところにある気がします。

内観をすることによって、何が真に価値のあるものか(そのひとにとって)に気づくでしょう。

それが見えてきたら、その道の高みを目指して、その道にそって生き、自分の言語と行動を一致させましょう。

それがYogaです。ココロと身体と行動と発言(自分という存在のすべて)を統合して一つにすること=Yogaです。

難しい修行や困難な節制を行うこともYogaといえますが、私達のような普通の社会生活を送る人間にとっては、身体をYogaと呼ばれる浄化法は、極めて簡便なツールといえます。

Yogaのレッスンに通う生徒さんたちは、口をそろえて「すっきりした」「身体が軽くなった」などといいます。

これは、やはりAsanaや呼吸法の効果が実感できているということです。

すっきりした・・・・と感じられる身体とココロが素晴らしいです。

浄化された状態を味わったことがある人は、それが癖になります。

そうなったらしめたものですね。

クリアになるために、ますます鍛錬をすすめ、それによってますます浄化される。

内観によって、ますますココロが磨かれます。

Yogaは、すばらしいツールです。





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