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神は細部に宿る


「神は細部に宿る」

という言葉を聞いたことがありますよね。

例えば、仕事で作るファイルやコピーのほんのささやかな心配りとか、ちょっとした道具の収納のアイデアとか
職人さんが作る一見ふつうに見えるものの気配りされた細工とか、作家の書いたほんの一言のフレーズが本全体の核心とか、
まあ、いろんな例はありますが、わたしもやっぱり「この人違うなーと思うような素晴らしい人に出会ったとき、よくそう
思うことがあります。その人の中の神様が、その仕事(文字通りでなくても)に現れてにじみ出てくるのだなーと思います。

最近私は、脳科学や脳ってものにすごく興味があってそれ系の本をよく読むのですが、人間の究極は脳なのかいうのが一応
結論なのかと思っていたら、どうもそうではないようですね。IPS細胞などをはじめとする再生医療の世界や、脳科学の世界
では、最終(それも最終かはまだわかりませんけど)は脳ではなくて、実は細胞一個一個にすべての情報が刻まれているらしい
です。で、実は脳がすべてをつかさどっているわけではなく、脳はものすごく騙されやすいので、結構へまをやらかすそうです。
実際に動く肉体を持つ、細胞→血液→臓器→筋肉→手、足などの感覚器にこそ、実はすべてのデータがあるそうです。

つまり神は細部に宿る・・・・・・・・ってことですよね。
私たちは、そういった神の宿る肉体を持っているんですよね。すごいですね。
だれが作ったんだろうってずーっと考えています。笑)
肉体は魂の神殿であるってのが、ヨガの教えの中にありますが、それだとただの神殿?入れ物?器?って感じがしますが
実はそうではないんですね。神殿なんですよ。神の宿る場所です。

そうです。つながりました。笑)

神殿は神の宿る場所なので、きれいに保たなければなりません。
いつも調えて、神がいらっしゃるようにしておかないと、いなくなっちゃいます。

ということで、身体は常に整えておくべき私たちの「全部」なのです。
だからこそ、こころや魂のありようは、外見や身体に現れるし、こころとからだと魂はつながっているからこそ
私たちの立居振舞、話す言葉、所作、言動、習慣はすべて、「わたし」自身の現れであることを忘れないでおきたいですね。

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